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再会

「お待ちしてました。奥にいますよ」
児童局の監査日が無事に終わったとかで、児童養護施設の施設長は機嫌よく南部博士とスタッフの二人を迎えた。通された部屋でこれまでのいきさつを確認しながら、相手の出方を探る。
「とても強い子ですよ。泣きませんし」
話をまとめかけていたスタッフは耳を疑った。座り心地のよくないソファに並んで掛けている南部からも怒りが伝わってくる。子どもを引き取る手続きにかかっている途中で『どうぞ、すぐにでもお連れください』とにこやかに言われて南部は立ち上がってしまい、そのまま廊下に出た。怒りがその足取りを荒々しくする。
 ガランとした部屋。剥げ落ちた壁に、安っぽい絵。窓からは荒れた庭が見え、子供が一人ぽつんと、色の褪めたソファに掛けている。母を亡くした子供をこんな部屋で一人きりにしておく無神経さに、あきれて言葉もなかった。不意に子供が立ちあがった。ふっくらしていた頬が削げ落ちたようにやつれ、いっそう大きく見える眼はこちらに向けられてはいても、南部を通り越して遠くを見ている。こちらに歩み寄ろうとした子供の全身が大きくふらついて、思わず駆け寄った。
ぶつかるように倒れこんできた身体を抱きとめると、乾いた表情の中の青い眼がようやく南部をとらえた。続いて引き結んだ口元が悔しげに歪み震え
「わぁっ!」
しがみつき、堰を切ったように泣き出した。抱き上げた4歳、母を見舞うのに手を引いた8歳。その幼かった子が、僅か11歳で母を看取り、耐えに耐え抜いた涙を溢れさせている。(大きくなった。大きくなったものだ)
母と子、二人きりが寄り添う暮らしからいきなり母をもぎ取られ、見知らぬ大人から大人へと渡されて、心休まることがなかっただろう。腕の中で激しく泣きじゃくっている小さな背を撫でさすった。

抱きつく健

 席を立ってしまった南部を気にしながらも手続きを終えたスタッフが、奥の部屋に知らせに行こうとすると『お見送りしましょう』あくまでもにこやかに施設長は言った。ここで面倒を起こすまいと、彼と廊下を奥に進んでいくと両側に並んでいたドアのひとつが不意に開き、腕白どもが転がり出てきた。どうやら覗き見をしていたらしい。施設長は大声で職員を呼び、飛んできた職員達は、重なり合ってもがいている子や、蹴飛ばされてベソをかいている子、喚いて抵抗する子らを引き離しはじめた。その騒ぎにまた別のドアが開き、様子を伺っていた子供達がかたまって転がり出てくる。邪魔にならないようにスタッフが離れて見ていると、職員達はそれら腕白どもを引っ立て、手際よく壁際に並べていく。そのどさくさに紛れてまたドアが細めに開き、グリーンの眼をした髪の長い女の子が、大きい子の陰にいる小さな男の子をそっと手招きして素早くドアの中に招じ入れた。来客である彼と目が合うと彼女は小さく会釈して、すぐにドアを閉めた。
「さあ、反省室に行きなさい。前へ進め」
腕白どもは隊列を組まされ、職員達に囲まれてその場を去っていった。
 ようやく騒ぎが静まり、児童擁護施設の玄関で健を連れた南部博士とスタッフを乗せた車は、施設長の見送る中夕暮れの中を空港に向かって走り出した。施設2階のはずれにある反省室で騒ぎのとばっちりを喰ったサブは、一緒に押し込められた腕白どもから日頃の分も含め、たっぷり仕返しをされた。ようやく開放されたサブは部屋の隅に逃れながら、ふと窓から外を見た。さっきから捜し求めていた唯一の味方が車の中に消え、そのまま遠ざかっていくのを呆然と見送った。

 

暗影

夫人の死をどう伝えたらいいのか迷い悩み、考えがまるでまとまらなかった。通信機の前でついた深いため息に呼応するように、機械が反応した。背中を冷たいものが流れる。大きく息をすった。(どうか落ち着いて聞いてくれ・・・)
鷲尾の声が流れてくる。
 「なに!気づかれた?本当なのか?」
選びかけていた言葉も吹き飛んで、博士は驚愕した。
 「…うむ、すまない…」
苦しげな声が響く。(ひと月以上、連絡がとれなかったのはそのせいか…)
不定期ながらもこれまで連絡が絶えることはなく、僅かずつではあっても、ギャラクターの暗躍を示す証拠に近付いているはずであった。だが、途絶えていた交信が再開したとたんの報告が、秘密警察に嗅ぎ付けられたとあって絶句した。
「また、連絡する」
「待て、待ってくれ」
通信機は沈黙した。その黒い金属面がこれから世界を呑み込んでいこうとする黒々とした運命を思わせ、南部博士はその場に立ち尽くした。

11歳・嵐 後編(完)

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