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病室 完全に腹を立てたらしいナースが荒々しい動作でドアから出て行った。週末の外泊がなぜか突然に取り消され、再びさまざまな検査をやり直されて、いい加減うんざりしたところに身体をほぐすためのリハビリテーションが開始されることになった。大人たちが約束を守らなかったことが腹立たしい上に、いやに子供扱いをしてくるリハビリテーションの担当者も気にいらず、彼と衝突したことが早速伝わったのだろう。BC島の大人たちと同じように優しい声を出してはいても、ここの大人たちが向けてくる作り笑顔の中の目は決して笑っていない。ひとりにされるのはもう慣れている。大人をおこらせることを心得ているジョーは気に入らないナースを追い払ったものの、退屈には閉口した。ちらりと見やった時計の針が思ったよりも進んでいるのを確かめて『今日は南部博士がみえますからね』病室を後にする際に捨てゼリフのようにナースが言い捨てたことを思い出した。あの博士はまたお説教をするんだろうか?なんとなく威圧感のある低くてよく透る声を耳の中に蘇らせながら、ジョーはドアの方に顔を向けた。 |
不思議なことが起こったかのように、かたわらの椅子と閉ざされたままのドアを交互に見比べていたが、とうとうそれきり病室には誰も入って来なかった。やがて、廊下から面会時間の終了を告げるメロディが流れてくるのを耳にして、ジョーはいっそう不機嫌になった。(あいつ、戻ってこなかった)天井をにらんでいたジョーは病室の一方の窓から、正門に続いている通路を見下ろせることを思い出した。 苦労してベッドの上に起きあがり、身体を反転させると全身が軋んだ。まったく気に入らないリハビリの担当者だが、明日からは自分のために真面目にやろうと心に決めた。ゆっくりとベッドから降りて、あちらこちらにつかまりながら窓辺に向かって進む。ようやく辿りついた窓から下を見ると、ひとり、ふたり、病院から去っていく人がこちらに背を向けて薄暮の中に消えていく。 (来た!)視野の右隅から背の高い南部博士が現われた。博士のかたわらに小さな姿があるが博士の陰になってよく見えない。大きく歩を進める博士からしだいに遅れがちになったかと思うと、小さな姿ははっきりとこちらに向き直った。身動きもせずにこちらを見上げているので、苦労して手を上げ合図を送ったが反応がない。(どこ見てるんだ、あいつ)歩みが遅れがちな子供に気付いた南部博士に促されるたびに2,3歩、博士に近寄るもののすぐに足を止めては病棟の方を向き、立ち尽くしている。 (大きな眼だな)その眼が一心に見詰める先には母が居る窓があるのだろう。 通路の先で佇んでいた博士は、足早に近寄ってくると子供の手を取った。博士に手を引かれても顔は肩越しにずっとこちらに向けられ、病室を見つめている。 (あいつ、泣くのかな)南部博士に手を引かれるまま木立の中に見え隠れしていた姿はいっそう小さくなり、やがて庭園灯の届かない闇の中に消えていった。 |
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