ファンフィク部門トップへ次ページへ

国際科学技術庁(ISO)

 20世紀の半ばから拍車のかかった各国の工業化と高度文明を支える科学技術の開発と発達は、地球上におびただしい公害を撒き散らし、自然に大きな被害を与えた。
快適な生活と引き換えに多くの自然を失った世界各国の人々は、ようやく地球の未来に目を向けはじめた。
その未来に絶望しかないことに気付かされた人々は、科学技術の平和利用を世界的な規模で検討しはじめ、国境を越えた協力と各国の総意のもとに国際科学技術庁が設立され、その本部ビルをアメリス国に構えた。かけがえのない地球の未来に向けて、海水を還元して真水を作り出すクリーン・ウォーター・コンビナートの着工や人口の増加と砂漠化が進む地域には地下都市の建設など世界各国で国際科学技術庁の主導による事業がスタートしていった。
 併せて国際科学技術庁は最大の目的である、地球内部のマントル層を利用した無公害エネルギーの開発を目指してマントル計画に着手した。また世界各国が蓄えていたウランを供出させて、無公害エネルギーの開発をはじめとする平和利用のため国際科学技術庁がウランの一括管理を行なう、と国際科学技術庁長官アンダーソンが声明を発表した。
各国はウランの供出と引き換えに自国の公害を解決すべく国際科学技術庁の施設の誘致の熱心になり、同庁の職員は公害の解決に最も効果的な地域を地球的な規模で選びながら必要な施設の建設を検討するのに忙殺されていた。
限りある資源を有効に活用するため、陸上だけではなく海洋にも国際科学技術庁の開発は及んだ。「獲る漁業から創る漁業」を目標に世界各国の海を調査し、数多くのデータが国際科学技術庁本部に送られて研究が重ねられた。
 今回、極東から航海をスタートした国際科学技術庁の調査船は、調査規模も乗船した各国の科学者の数もいままでにない大規模なものとなった。太平洋、インド洋、アフリカ沖と、航海を続けながら漁場の変化を中心に様々なデータを収集しながら、調査船は地中海に入っていった。
「今回はだいぶ予定が延びたな」
「BC島で入港の許可が出なかったからでしょう。何かあったのですか?」
次ぎの乗組員と交代して科学技術庁の科学者たちを見送った日本からのクルーのひとりは、帰国の楽しみと開放感も手伝って船長に話しかけてくる。
「いやぁ、小さな島だからね。船の規模で連絡の行き違いがあったのじゃないかな?」
海軍出身の船長は、BC島での殺人事件発生という無線士からの報告を上層部だけに留め、他の乗組員に動揺を与えないように配慮していた。
「おやじさん、夏休みに間に合いますか?」
「どうかねぇ。ま、母親がいるからいいわな」
若いクルーの気遣いを笑いにまぎらせながら『おやじさん』こと中西漁労長は空港の出発ロビーの椅子に掛けながら、帰国に必要な日数を胸の内でまた数えなおしていた。

砂浜

夏も終りの海は静けさを取り戻している。観光客や避暑客で賑わっていた海といつも忙しい両親を独り占めしたのがうれしく、波が平らにしていった砂の上に3つの足あとがどこまでも続いていくのを振り返っては眺めた。やがて浜辺に残されたテーブルに向かい合った両親からひとり離れて砂浜で別の新しい足跡をつけて回った。
湿った砂を両手で固めて形を作ると波が被さって崩してしまう。いつのまにか、引き潮になってきているのに気がついた。海に少しずつ近づいていく。(ここなら、どうだ)波打ち際に向かって距離を測り砂山をこしらえると、その小さな山すそギリギリを波が食む。砂山に、水はかからなかった。(やった)波が少しずつ引いていくのを追うように海に入りこんでいく。(あっ)何度目かにやや大きな波が寄せてきて、砂山を半分もぎとってしまった。そのまましばらく見ているとさらに大きな波が打ち寄せ、崩れかかった砂山に被さり根こそぎ海へ引きずっていった。
眺めているうちに寄せては返す、青い水の動きには規則性があることに気がついた。同じような小さな波を繰り返しているようで、何度めかにやや大きな波が来る。そして一定の間隔を空けて、必ず大波がやってくる。この発見がうれしくて両親に告げようと立ち上がった。(待てよ)いくつ目にやや大きな波が来て、さらに大波がくるのはどれくらいたってからなのだろう。数をかぞえて波の間隔を覚えようとした。
(1,2,3…)
思った数より後に中波がきた。思ったより早く、大波が寄せてきた。
(1,2,3…)
数ぴったりに、中波がきた。数えた通り、大波も来た。
(やった!!)(もう一度…)
中波が来た!そうして、今までで最も大きな波が打ち寄せて来た。波の音、銃声、叫び声、振り返った。
順序が違ったかも知れない。全て同時だったのかも知れない。
両親だけがいた背後に不気味な姿が増えていた。表情が動くはずのない仮面がうっすら笑った。
砂浜を蹴って、両親に駆け寄る。うつぶせたまま動かない父の手から銃をもぎ取った。ずしりと重い鉄のかたまりを両手で支えながら相手に向けた。仮面の女の手が閃き、赤い薔薇の花が足元に突き刺さる。かまわず相手に近付いていく。目の前で光が飛び散り砂が吹き上がって、波よりもはるかに大きな音に包まれた全身が浮き上がり、次の瞬間、湿った砂地に叩き付けられた。
全身が軋んで痛み、喉が締めつけられるように息苦しい。寒くてたまらない。ママを呼ぼうとした。パパはどこ?誰かの手が身体に触れた。(ママ?…パパ?)重い瞼をあけたつもりが、ぼやけた視界にはママもパパもいなくて、がっかりしたとたん意識が闇に落ちた。

機内

「本社から別に連絡のあったお客さまでしょう」
「きれいな方ね。坊やも可愛いわ」
「あの坊や、きっとハンサムになりますよ」
会話に割り込んできた若い客室乗務員の声は少々はしゃぎすぎ、先輩たちから睨まれた。
国際科学技術庁からの申し送り事項を再確認すると、東アジアを起点にいくつもの乗り継ぎを経て最終目的地はユートランド。ほぼ地球を半周することになる。小さな子供を連れての長旅はさぞ大変なことだろう。
「少しお疲れのようですね」
「様子をみてさしあげて」
水平飛行に移った機内で、離陸前のブリーフィングで確認したことをファーストクラスを担当する客室乗務員たちはうなずきあった。
「お母さまの方はほとんど何も召し上がらなくて」
巡航速度で安定した飛行を続ける機内で夕食のサービスが一段落したころ、ギャレイに戻ってきた若い乗務員が心配そうに報告してくる。
「よほどお疲れなんでしょう」
「何かお気に召したものがあればいいんですけど」
顔を曇らせる後輩をなだめながら、別の乗務員が母子の席に歩み寄った。
「奥さま、果物はいかがでしょうか?」
よく冷えた大きなオレンジを食べやすくカットして運んでいくと、その香りに少しは食欲が出たらしく婦人客はオレンジを受け取った。子供がねだるままに分け与えているのをさりげなく伺いながら多めにカットしてよかったと思っていると、通路の反対側のサービスを担当していたチーフ・パーサーが笑顔でうなずき、合図を送ってくる。
 薄暗くなった機内でオレンジを平らげて眠そうにしている子供のシートを倒してやり、備え付けの毛布で包むと小さな額におやすみのキスをして、くせのある柔らかな髪を撫でながら寝入ってしまうのを見守っていた。
来月といわれていた移動がいきなり今月、しかも来週のうちにと言われて大慌てで仕度をした。初めて訪れた東アジアの国の暑さと多湿のモンスーン気候は身体にこたえた。さらには国際科学技術庁を通じて南部博士から急な移動を言い渡されてすぐに子供が地元の子供たちの間で流行っている熱病にかかってしまい慌てさせられた。熱でうつらうつらして眠りの浅い子供の額を冷やしてやりながら、出発までに間に合うよう夜通しつききりで看病した。厳しい暑さの国ではあったが、父親の母国があるアジア圏で過ごした思い出がこの子の中に残って欲しいと願ううちに眠気が襲ってきた。

ユートランド

「ママ、欲しくないの?」
機嫌よく目が覚めてから、しばらくの後に運ばれてきた朝食が手付かずのまま載ったテーブルと母の顔とを交互に見比べては心配そうに尋ねるのに
「おなか空いたわね。いただきましょうね」
自分のテーブルに載せられた朝食に子供が集中するのを、眼の隅で捕らえながらスプーンを取上げた。やっとのことで喉を通ったスープは口にまずく、スプーンを置いて目立たぬように合図をしてトレイごと下げてもらい残りのものはキャンセルした。
目的地のユートランドは海沿いに開けた街で気候は温暖だと聞いている。うっすらと額ににじんでくる汗をそっとぬぐいながら、一刻も早い到着を祈った。
 地上に降り立ってもまだ身体が揺れているようで、荷物が運ばれてくるのを待っている時間がいやに長く感じる。身体は熱っぽいように思えるのに、両手の指先がひどく冷たい。この空港はなんて人が多いのだろう。その人波を縫うように空港職員が荷物を載せたカートを押しながら近づいてくる。カートに向かって駆け出していく子供に続こうとした足が宙を踏むように頼りない。カートに飛びついた子供が振り返った。
「ママッ!」
ぐらりと揺れて傾いだ視野の中を子供が駆け戻ってくる。
なんて顔をしているのだろう。あんなに慌てて…(大丈夫よ)といったつもりが声にならず子供を抱き止めようと、両手を差し伸べてバランスを崩した。
「あっ!」
「大丈夫ですか?」
「ママッ!」
いくつもの腕が差し出され子供の声もしたような気がしたがもう何もわからなかった。

 午後の明るい日差しの中で決済書類の山をデスクの脇に押しやって、南部博士はユートランドの病院からの報告を取上げた。学会の帰りに立ち寄ったBC島で両親と共に命を狙われた子供は入院後も熱を帯びた日が続いていたが、傷のほとんどが打撲傷であることが幸いしたのと子供特有のめざましい回復力が合わさって底を打ったかのように快方に向かい始め、この週末には外泊を許可できるという文字を追いながら、しばらく使っていなかったユートランドの別荘の準備を考えかけた時、デスクの上の緊急専用電話がけたたましい音をたてた。

ファンフィク部門トップへ次ページへ